経営支援最前線 会員コラム

第9回終わりにあたって

「海外進出情報-アジアで生産する」
第9回 終わりにあたって

  1. なぜ海外に進出するのか
    海外進出は経験のない企業にとってはリスクの高い決定事項となる。進出先の政府を動かしたり、工場敷地への取付道路を自前で作ってしまったりすることができるような大企業ならともかく、中小企業にとっては海外進出の失敗は企業の存亡に直結する危険性がある。それだけに海外進出の重みを受け止め、しっかりした海外進出の理由・根拠を明確にして取り掛からなければならない。いやしくも第1回に例に引いた社長のように「周りが海外に出ているから」といった「風潮に流される態度」は論外であろう。
    自社にとってその海外進出が積極策なのか、止むを得ず行うのか。積極策だった場合、進出先の市場がターゲットか、労働力(低賃金・採用の容易さ)が狙いか。あるいは資源調達が目的か、第三国への中継拠点としての位置づけか。止むを得ず進出する場合は、国内に残るとコスト競争に勝てないからか、あるいは技術力や品質を見込まれての親企業の要請なのか。これらを明確にしてかかる必要がある。
    基本的にはまず、リスクの少ない方法で海外に進出をし、進出先の情報が十分に得られるようになり、進出先のパートナーの信用も見極めてから次のステップに進むようにすることが望ましい。たとえば 輸出→現地事務所開設→現地企業への委託生産→現地企業との合弁→独資での進出 という順序である。
    勿論、親企業からの要請である場合はこのようなステップを踏むのは難しいが、その場合は親企業からの十分な支援(場所の選定・手続き・採用・継続的な仕事量の確保等)が約束されなければならない。
    本稿は「アジアで生産する」なので、合弁あるいは独資で海外進出する前提で話を進める。

  2. 海外進出前
    まず、進出国・進出地を選定しなければならない。その際、労務費の安さばかりに目が行きがちであるが、労務費とインフラ等の整備度とは相関関係があると考えてよい。たとえば下の表を見て「ポストインド」・「ポストベトナム」ともてはやされているミャンマー(ヤンゴン)やバングラデシュ(ダッカ)、プノンペン(カンボジア)は賃金が非常に安いがインフラの未整備、法律・規則の不備、関係機関や職員の不慣れ等多くの問題を抱えている。工業化の進捗度を見るとミシンさえあれば仕事ができる縫製業が工業の中心である。

    賃金(US$)
    都市 ワーカー エンジニア  課長クラス
    上海 439 745 1,372
    バンコク 286 641 1,565
    クアラルンプール 344 973 1,926
    ジャカルタ 209 414 995
    マニラ 325 403 1,069
    ハノイ 111 297 713
    ニューデリー 264 607 1,510
    ヤンゴン 68 176 577
    ダッカ 78 251 578
    プノンペン 82 204 663

    ※上海・バンコクは各論執筆時の数値を最新情報に修正済み。

    他の都市は執筆時から最新情報いずれにしてもこれらの国に進出するのは「海外進出の応用問題」のレベルと考えた方が良い。また、一国の中では(賃料等が高いとは言っても)インフラが整備され、種々の便宜も得られる工業団地への進出が望ましい。(インドネシアのように製造業に対し工業団地への立地を義務付けている国もある。)国や地域を選ぶ時には、大きな目で気候風土やカントリーリスクも見ておかなければならない。このところ、タイの洪水、インドの死者まで出したストライキ、中国の暴動に近いデモなどが発生しているが、政治や社会の安定度、自然災害の危険性、対日感情の良し悪しまで考慮に入れるべきである。その上でインフラ・人件費・資材の調達・輸出入・税制・優遇処置・対象顧客のロケーション等を総合的に見て進出先を決めなければならない。事前調査にはJETROやASEANセンターの各種サービス、中小企業基盤整備機構の中小企業国際化支援アドバイス、自治体や金融機関の相談コーナーなどを利用するとよい。中でもJETROは情報が豊富なので、まずここに相談することをおすすめする。また、進出済企業の話を聞くことも欠かせない。親企業から進出を要請されている時は、親企業から多くの情報が得られるし、進出についての手続き等の支援も得られるだろう。但し、親企業にとっての都合の良い情報しか貰えない可能性もあるので、他から裏付けの情報を得る必要がある。また、親企業から進出時の支援だけでなく、受注の継続性等、進出後もどこまで面倒を見てくれるのかを見極める必要がある。勿論、いつまでも「おんぶにだっこ」は許されない場合が多いので、進出後の自助努力も必要である。 候補地が決まったら社長が必ず現地を見て書面情報や口頭報告からでは得られない現地の状況を実感してもらいたい。

  3. 進出計画
    進出が決まったら詳細計画を立てなければならない。日程と各種事項を組み合わせた計画になるが、中でも経営資源については次の点に留意が必要である。

    ヒト
    日本人社員について:
    幹部社員であれば管理能力、スタッフであれば知識・技能を有する人を選ぶのは大前提であるが、その他考慮すべき点は以下の通りである。

    1. 健康で前向きな性格か
    2. キャリアパスの中でどのように位置づけるのか
    3. ローテーション計画(派遣者の交替)をどうするか
    4. 現地トップへの権限移譲の範囲
    5. 給与・手当
    6. 赴任中および帰国後の処遇
    7. 暮らし(住居、通勤、食事、心身の健康維持)や安全への配慮
    8. 帯同する家族あるいは国内に残る家族への配慮

    現地人従業員について:

    1. キーパーソン(現地の社長あるいは工場長の片腕となる人)の採用
    2. 通訳や管理職の採用

    なお、派遣者の選定の際に語学力は2次的な要素としている企業が多い。

    モノ

    1. 土地建物の手配
    2. 機械設備の手配
    3. 材料・部品の調達計画

    カネ

    1. 資本金をいくらにするか(中国では投資総額の一定比率以上を登録資本金として払い込まなければならない)
    2. 資金をどこから調達するか(邦銀・現地銀等)
    3. 利益の回収方法をどうするか
  4. 進出の実行
    1. 投資申請(投資庁)
    2. 会社設立(商号・定款)(登記局)
    3. 土地取得・建物取得(工業団地会社)
    4. 操業認可(工業団地公社)
    5. 就業規則の作成
    6. 一般従業員の採用と待遇の決定(給与、賞与、食事、通勤手段、寮)
    7. 立上に要する資材の輸送及び現地手配
    8. 立上応援者の日本からの派遣
  5. 進出後
    本社と現地間の情報の流通は距離の二乗に反比例するといえるので現地工場に対し社長や担当役員が常にコミットする心がけが重要である。また、現地からの報告は定常時(週報、月報等)と異常時(電話、メール)とは別である。特に異常時の対応は日本国内での対応よりも時間がかかるので、異常の兆候を早く見つけて本社に連絡することが望ましい。
    本社を取り巻く情勢も時々刻々変わっていくので、戦略上、現地工場の位置づけや重みづけが変わっていないかを定期的に見直す必要がある。現地工場が当初設定された目標に向かって一生懸命努力していても、企業全体にとって戦略上の土俵が変わっているということもままあることである。この変化は出先の現地工場では気が付かないことが多いので、国内本社の責任である。
    現地工場では取り巻く状況を、行政や周辺企業、日本人会などから情報を得て本社にも常日頃知らせておかなければならない。国内本社と現地工場が情報を共有する努力を常に続けていくことが、本社側が的確な判断を行うための基本となる。
    現地において従業員などとトラブルが起こることがあるが、従業員をはじめとする現地の人たちとは上から目線でもなく下から目線でもなく等身大の接し方を心がけてほしい。また、現地の宗教、風俗、習慣を尊重する態度も持たなければならない。
  6. 結言
    海外進出は中小企業にとって企業の浮沈をかけた経営判断を要するテーマである。しかし、経済がグローバル化する時代において、いつまでも避けてばかりはいられない事項でもある。直近に海外進出を実行することがなくとも、常に海外の情報に関心を持ち続けていただきたい。
    貴社が的確な判断の上で、海外進出を成功に導かれることを祈ってこのシリーズを終えることにする。

アジア地図【参考資料】

  • JETROホームページ
  • 中小企業の国際化診断着眼点(海外進出前)
  • 中小企業診断協会東京支部城西支会国際化コンサルティング研究会 田口研介(2010年)
  • 中小企業の国際化診断着眼点(海外進出後) 同研究会 グループ研究チーム(2010年)

【JETROのサービス】
JETROでは進出前の情報提供から、専門家相談、手続きの指導、進出後の問題解決サポートなど幅広く支援を行っています。
主なサービスは次の通りです。

  1. 貿易投資相談(オンライン・電話・面談):予約制
  2. 進出計画の立て方、進出先の選定、現地の規制・届出等の指導
  3. 海外ミニ調査(有料:数万~数十万円) 但し、市場調査・信用調査は行っていません。
  4. 短期貸しオフィスとコンサルサービス(下記5か国で、スムーズな拠点設立と進出後の円滑なビジネス展開をサポート)
    フィリピン(マニラ)、タイ(バンコク)、インド(ニューデリー、ムンバイ、チェンナイ)、ベトナム(ハノイ)、ミャンマー(ヤンゴン)
  5. 進出後に対しては海外進出企業の問題解決サポート(現地駐在の海外投資アドバイザーに相談)
    現地事務所は次の通りです。
    1. インド(チェンナイ・ニューデリー・バンガロール・ムンバイ)
    2. インドネシア(ジャカルタ)
    3. タイ(バンコク)
    4. カンボジア(プノンペン)
    5. 中国(広州・上海・大連・青島・北京・香港・武漢)
    6. パキスタン(カラチ)
    7. バングラデシュ(ダッカ)
    8. フィリピン(マニラ)
    9. ベトナム(ハノイ・ホーチミン)
    10. マレーシア(クアラルンプール)
    11. ミャンマー(ヤンゴン)
  6. 輸出に対しては
    1. 海外展示会出展支援
    2. 中小企業向け輸出支援相談
    3. 中小企業向け 初めての輸出支援(戦略策定から商談随行・契約締結まで)
  7. 情報提供では
    1. ホームページ(地域データ、レポートなど)
    2. セミナー開催
    3. ミッション催行
    4. ビジネスライブラリー(下記の本部内に誰でも閲覧できるビジネス図書館があります。)
      〒107-6006 東京都港区赤坂1丁目12-32 アーク森ビル 03-3582-5511(総合案内)

なお、JICAは日本企業の支援機関ではなく、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う開発途上国への国際協力実施機関です。
下記の本部にJICA図書館(国際協力に携わる人々の業務支援を目的とした専門図書館)があるのでODA対象国などの情報はここで得ることも可能です。
〒102-8012
東京都千代田区二番町5-25 二番町センタービル 03-5226-6660~6663

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