経営支援最前線 会員コラム

第6回フィリピン

「海外進出情報-アジアで生産する」
第6回 フィリピン

  1. 進出先としてのフィリピン
    ASEAN4という言葉がある。経済で先行するNIES(韓国・台湾・香港・シンガポール)に続くASEAN10か国の中でも発展しているタイ・マレーシア・インドネシア・フィリピンを指す。ところでこの4か国の中でフィリピンだけが直接投資先としてなかなか名前が上がらない。フィリピンには
    1. ASEAN諸国の中で日本から1番近く(東京からマニラまでの距離は東京から香港までの距離とほぼ同じ) 東アジアのハブ的位置にある
    2. 英語が通用する
    3. 国民の性格も「フィリピーノ・ホスピタリティ」といわれるように温和で明るい(逆に計画性がない、時間にルーズ等の批判もある)
    4. 作業に対しても熱心、習得が早い、チームワーク作業を嫌がらない
    5. 高等教育を受けた人材が豊富

    などの特長がある。それなのに直接投資先としてクローズアップされない理由を投資ビジネス円滑化協議会(日本及び外国の政府に改善を要望することを目的にJETROや民間企業団体で構成した協議会)の報告で見ると

    1. インフラが貧弱(道路が渋滞、港湾が混雑、電圧変動が大きい)
    2. わいろの常習化
    3. 治安の悪さ(銃野放し社会で毎年、殺人事件が約6,500件発生する)

    を挙げている。
    この他に強すぎる労働組合団体(KMUは反外国独占資本、産業ナショナリズムを主要な運動方針とする。)を挙げる人もいる。
    ASEAN4の比較でフィリピンを見てみると下の表のようになる。特に1人当たりGDPが最も低いことと、人口密度が最も高いことが注目される。

    ASEAN4の比較
    フィリピン タイ マレーシア インドネシア
    名目GDP(億ドル) 2,248 3,457 2,787 8,343
    人口(万人) 9,586 6,388 2,840 23,760
    1人当たりGDP(ドル) 2,223 5,394 9,700 3,469
    実質GDP成長率(%) 3.7 0.1 5.1 6.5
    面積(万平方Km) 30 51 33 192
    人口密度(人/平方Km) 320 124 86 124

    一方、フィリピンにとって日本は次のように経済的に深い関係がある。

    1. 最大の貿易相手国
      2011年の統計で日本への輸出が全体の18.5%で1位、日本からの輸入も10.8%で米国と並んで1位。
      日本との貿易の主要品目は輸入、輸出ともエレクトロニクス製品(日本からの輸入の38.3%、輸出の54.5%)、機械・輸送機器(同じく16.8%、10.2%)
    2. 直接投資
      日本からの直接投資が総額の30.2%で第1位。(2位は米国の27.5%)
    3. EPA
      日本とフィリピンの間のEPAが2008年12月に発効している。
    4. ODA
      借款供与36億ドル(全体の37%)、無償援助2.3億ドル(全体の32%)でともに支援国・機関の中で1位(2007年)。日本側から見た場合は累計でインドネシア、中国、インドに次いで第4位。

  2. 日本との交流と対日感情(フィリピンについては特にこの一項を設けた)
    16世紀には倭寇がルソン島北部に拠点設け、17世紀には日本人がマニラ等に多く居住した。特に日本国内の切支丹禁令によりさらに居住人口が増加したという。有名な呂宋(るそん)助左衛門は16世紀末の豪商であり、高槻城主の高山右近は切支丹国外追放令でマニラに渡っている。その後は徳川幕府の鎖国により交流が止まり、交流が再開されるのは明治維新後である。明治22年(1889年)にはマニラに日本領事館が開設されている。その後、ルソン島バギオの道路工事に日本人が従事したり、ミンダナオ島ダバオに日本人経営のマニラ麻農園が多数出来たりして一応、安定的な関係が戦前まで続いていた。太平洋戦争が始まるとフィリピンは日本軍の侵攻と米軍の逆侵攻という2度の戦闘に巻き込まれることになる。特に米軍の逆侵攻の際にマニラが市街戦に巻き込まれて市街が壊滅的な破壊を受け、多くのフィリピン人が命を落とした。総司令官の山下奉文大将は市街戦を避けるためにマニラから撤退しようとしたが大本営が許さなかったとも、撤退は行われたが、残存の海軍陸戦隊などの部隊が市街戦に入ったとも言われる。また、市街地の徹底破壊は物量と破壊力に勝る米軍艦の艦砲射撃による結果であるとも言われている。真相は不明だが、この時に多くのフィリピン人が死んだことが「マニラ大虐殺」と呼ばれて、戦後の対日感情が非常に悪化した。昭和31年(1956年)に賠償協定調印とともに日比平和条約が結ばれ、昭和32年の岸首相訪比、昭和33年のガルシア大統領訪日を経て対日感情は徐々に好転してきていたが、大きく好転する契機となったのは昭和37年の皇太子・同妃殿下の訪比であった。その後も両国首脳(首相・大統領)の相互訪問、特別円借款、ラモス大統領の外交多角化方針、アロヨ大統領のASEAN、日米中重視方針等が両国の関係改善・強化に大きく影響してきた。ただし、フィリピンに進出する場合に心の底に「マニラ大虐殺」の癒えないキズを持った人たちがいることを胸に刻んでおいていただきたい。
  3. 国土・風土・政体・国民性
    日本の約0.8倍の国土は7107の大小の島からなり、インドネシアに次ぐ世界第2の群島国家である。その内、ルソン、ネグロス、レイテ、セブ、ミンダナオ、パラワンなど主要11島で総面積の96%を占める。
    気候は熱帯性気候で乾期と雨期の2つの季節がある。地域によってかなり差があるが乾期は12~5月、雨期は6月~11月で年平均気温は26℃~27℃、全般的に湿度が高い。
    フィリピンの国土は、3つのブロック(北のルソン、南のミンダナオ、間に挟まれたヴィサヤ諸島〔パラワン島、ネグロス島、セブ島、レイテ島など〕)に大別され、さらに17の地方(Region)に細分、合計81州からなる。

    主要都市はルソン島のマニラ、バギオ、セブ島のセブシティ、ミンダナオ島のダバオである。
    政治は立憲共和制であり、1987年の新憲法でアメリカ式大統領制を採用した。議会は、上院と下院の二院制である。
    経済的にはGDP成長率が4~7%程度と比較的堅調であるが貧富の格差が大きく、GNPの上昇分も利権を持つ大農場主等の富裕層に吸い取られてしまうといわれる。また、貿易外収入としてサウジアラビア、香港、台湾、日本、米国などへの出稼ぎ労働者は約800万人と言われ、その送金額は100億ドルを超す(名目GDPの約5%)。
    前述のように治安はあまり良いとは言えず、外務省ホームページではミンダナオ島西部及びその先の諸島は危険度3(渡航延期勧告)、ミンダナオ島東部、パラワン島は危険度2(渡航の是非検討)、その他のフィリピン全土は危険度1(十分注意)となっている。これには共産系の新人民軍(NPA)や反政府イスラム勢力モロ・イスラム解放戦線などの反政府勢力の存在も大きく、無差別爆弾事件、身代金目的誘拐、企業や富裕層に対する恐喝等を行っている。
    【註】アキノ大統領は今年の10月7日にモロ・イスラム解放戦線との間で「自治政府に樹立による恒久平和」を目指すことで合意したと発表した。(2012.10.8付朝日新聞)今後曲折は予想されるが治安の安定に向かうことが期待される。

    フィリピンの地図

    フィリピンの地図

  4. フィリピンの歴史
    フィリピンには紀元前からマレー人などが移動してきた。有史以後では15世紀にイスラム教が渡来しミンダナオは全島イスラム化、マニラにも16世紀にはイスラム王国ができた。1521年には世界周航中のマゼランが渡来、マクタン島での衝突で負傷し、それがもとで死亡している。マゼラン艦隊の帰国後、スペイン軍は遠征軍を送り、次々と島を占領、1571年にはマニラを陥落させた。その後、スペインは宣教師を送り込んでキリスト教を広めた。19世紀後半になると「独立運動の父」ホセ・リサール等知識階級による自由獲得運動や農民一揆がおこり、これをスペイン政府は激しく弾圧、多数の死者を出す。1896年にフィリピン革命がおこる(ルソン島のタガログ地方に始まり、フィリピン全域に広がる。1898年に米国大艦隊がマニラ港に進入、米国の支援を受けた革命軍が勝利、独立宣言を発する。1901年の米西戦争で負けたスペインは2000万ドルでフィリピンを米に売り渡す。米は植民地化を意図し、完全にフィリピンを占領、傀儡政権を発足させる。1941年に日本軍上陸、米軍・フィリピン軍敗退。日本軍に対してはゲリラ活動で抵抗。1945年に米軍がフィリピンを奪回。日本の敗戦により再び米の統治下に入る。翌年、米から独立し、フィリピン共和国発足。失政が続いたため米がマグサイサイを後押しして改革を断行、以後米主導型の政府が続く。1965年以降マルコス大統領の独裁時代へ。1986年選挙における政府の不正事実発覚をきっかけにフィリピン全土で暴動が起こり、マルコス夫妻はハワイへ亡命する。その後、1983年にマニラ空港で暗殺されたベニグノ・アキノ元上院議員の夫人コラソン・アキノが大統領となる(1986~92)。それからはラモス(1992~98)、エストラーダ(1998~2000)、アロヨ(2001~2010)と大統領が代わる。現在は2010年に就任したベニグノ・アキノ3世が大統領である。この間1987年に新憲法の発布、1992年に在比米軍の撤退、1994年にWTO加盟が行われている。
  5. フィリピンの経済圏、工業団地、主な進出企業
    治安、インフラ等に問題を抱えるフィリピンであるが、日本からの近さ、英語が通じること、労働コストの安さ等の利点を求めて進出している日系企業は少なくない。ただし、マニラ首都圏及びその南北に当たる地域3(中部ルソン地方)、と地域4A(カラバルソン地方)の工業団地に集中しており、そのほかにはセブ島とミンダナオ島北部に進出している企業が目立つのみである。
     地域 主な州  特色 工業
    団地数
    進出済みの
    主な企業
    CAR
    (コルディリェラ行政地域)
    ・バギオ市
    • ルソン島北部内陸の山岳地帯
     0  –
    イロコス地方 ・北イロコス州
    ・南イロコス州
    ・ラ・ウニオン州
    3 なし
    カガヤン・バレー ・カガヤン州  2  1社
    中部ルソン地方 ・サンパレス州
    ・ターラック州
    ・バターン州
    ・パンパンガ州
    ・ブラカン州
     26  旭化成、ミクニ、ミツミ電機、住友電装、三洋電機、オムロン、三協精機製作所、山洋電気
    NCR(マニラ首都圏)+地域4A
    カラバルソン地方
    ・カビテ州
    ・バタンガス州
    ・ラグナ州
    ・ケソン州
    ・リサール州
     42  東映アニメーション、NEC、不二越、ニプロ、富士電機、富士通、ジェコー、積水樹脂、日本電装、新電元、カスミ工業、パナソニック、三吉工業、東京鋲兼、東京特殊電線、東芝タンガロイ、三菱自動車、日野自動車、クラリオン、グローリー工業、日本特殊ガラス、日本ガーター、日工資、ユーシン、同和鉱業、不二サッシ、日立製作所、日本アンテナ、昭和アルミ、ウシオ電機、アートネイチャー、ホンダ、HOYA、イビデン、住友重機、ペンタックス、鳥取三洋、富士通テン、ヤマハ、いすゞ、三菱電機、日本電産、信越化学、TDK、テルモ、東芝、千代田インテグレ、エプソン、ユニデン、NEC、日立電線、光洋精工、東ソー、ローム、トヨタ、東海理化
    地域4B
    ミマロパ地方
     ・オクシデンタル・ミンドロ州 ・オリエンタル・ミンドロ州 ・マリンドゥク州 ・ロンブロン州 ・パラワン州
    • ルソン島から南西に杖のように伸びる諸島
     0  –
     ビコール地方 ・東カマリネス州 1 なし
     西ヴィサヤ地方 ・アクラン州  1  なし
     中部ヴィサヤ地方 ・セブ州  7  NEC、 ペンタックス、ケンコー、太陽誘電、オリンパス、タミヤ
     東ヴィサヤ地方 ・レイテ州  2  1社
     サンボアンガ半島地方 ・北サンボアンガ州 ・サンボアンガ・シブガイ州 ・南サンボアンガ州 ・バシラン州  1  なし
     北ミンダナオ地方 ・東ミサミス州  1  花王、川崎製鉄
     ダバオ地方 ・タバオ市 ・北ダバオ市  3  なし
     ソクサージェン地方
    • ミンダナオ島南西部
     0  –
     CARAGA カラガ地方 ・北スリガオ州
    • ミンダナオ島北東部
     4  花王
    ARMM イスラム京都ミンダナオ自治地域
    • ミンダナオ島西部
    • 独自の「政府」を持つ
    • 最も貧しく、治安も安定していない
     0  –

    工業団地の数および進出企業は日本アセアンセンターのホームページによる。

  6. 賃金その他
    マニラ セブ 上海 深セン 大連 備考
    賃金 (USドル) ワーカー 325 195 439 317 316 米ドル換算は2011年8月平均レートによる
    エンジニア 403 339 745 619 540
    課長クラス  1,069 829  1,372  1,208  1,012
    賞与(ヶ月) 1.73 1.57 2.02 1.52  1.87
    名目賃金上昇率 9.3% 7.02% 9.3% 8.0% 15.1%

    フィリピンも中国の諸都市と比較した。日本からの進出企業の多いマニラ首都圏で比較するとワーカーはほぼ中国並であるが、エンジニアや課長クラスの賃金が低いのが特徴である。

  7. 外資に対する優遇処置(特別地区やインフラ関連業種に対する優遇処置もあるが一般的なものに限って記す。)
    優遇処置を希望する場合は事前にBOI(投資委員会)またはPEZA(経済区庁)への申請・登録が必要である(進出先により申請先が異なる)。優遇処置はパイオニア企業か非パイオニア企業かによって分かれる。
    パイオニア企業は
    1. 国内で商業生産されたことのない財または原材料生産
    2. 商品の生産に国内で実績のない新規の設計、製法、工程の利用
    3. 農業、林業、鉱業および/またはそれらに関連するサービス業(食品加工業も含む)
    4. 非在来燃料の生産または非在来エネルギー源を使用する装置の製造
    5. 生産、製造、加工における石炭などの非在来燃料もしくはエネルギー源の利用(またはそれらの燃料への転換)

    とされており、非パイオニア企業は投資優先計画(Investment Priorities Plan: IPP)にその旨規定されている分野で、農業および漁業、創造産業および知的サービス、造船、大規模集合住宅建設、エネルギー、インフラストラクチャー、研究開発、グリーンプロジェクト、自動車、観光、戦略的プロジェクト、官民パートナーシップ(PPP)、災害予防・緩和・復旧、植林、鉱物の採掘・加工、石油製品の精製・備蓄・搬送、廃棄物環境処理、水質汚濁防止、再生エネルギー、輸出関連事業、ミンダナオ島イスラム教徒自治区での各種事業などがあげられている。
    BOI企業:
    パイオニア企業:生産開始から6年間法人所得税全額免除
    非パイオニア企業:生産開始から4年間法人所得税全額免除
    拡大事業:生産開始から3年間法人所得税全額免除
    PEZA
    拡大事業3年間、非パイオニア企業4年間、パイオニア企業6年間
    法人所得税全額免除、以後特別所得税率適用、関税などの免除
    なお、土地の所有はフィリピン国民もしくはフィリピン資本60%以上の企業のみに認められている。外国人のみによる土地の所有は禁止されている。

次回はベトナムを取り上げる。

【参考資料】

  • 外務省ホームページ
  • JETROホームページ
  • 日本アセアンセンターホームページ
  • 貿易・投資ビジネス円滑化協議会ホームページ(2011年版)
  • 在フィリピン日本国大使館ホームページ
  • 生産適地比較(フィリピン編)国際化コンサルティング研究会資料 谷口 糺(2007年)

 

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