経営支援最前線(会員コラム)

第7回ベトナム

「海外進出情報-アジアで生産する」
第7回 ベトナム

  1. 進出先としてのベトナム
    ベトナム人は誇り高い民族である。日本でも2度の元寇は国難であったが、ベトナムも同じ時期に3度の元の侵攻を経験した。この時、元軍を撃退したのは日本とベトナムだけと言われているが、これを退けた歴史が高い民族意識となり、1945年に独立してから戦った第1次インドシナ戦争でのフランスに対する勝利、第2次インドシナ戦争(ベトナム戦争)でのアメリカに対する勝利(厳密にはアメリカが支援介入した南ベトナムに対する勝利)をもたらせたともいえよう。経済政策では中国の改革開放政策開始に遅れること9年で1986年にドイモイ(刷新)政策を採択し「市場経済の導入」「対外開放」を行うが、ベトナム戦争終了後もアメリカの経済制裁を受けたため、1994年に制裁が全面解除され、1996年にアメリカとの国交正常化を果たすまで外資の本格参入は見られなかった。中国に対するこの約20年の遅れが現在の中国との経済格差の一因ともなっている。ただし、最近は日本の投資先として中国一辺倒から「チャイナリスク」を避けるための「チャイナ+ワン」の投資先として大きくクローズアップされてきている。
    我が国は、1978年末のベトナム軍のカンボジア侵攻に伴い、1979年度以降対ベトナム経済協力の実施を見合わせていたが、1991 年10 月のカンボジア和平合意を受け、1992 年から対ベトナム援助を本格的に再開し、二国間のODAでは1995 年以降トップドナーとなっている。
    ベトナムにとって日本は次のように経済的に深い関係がある。
    1. 第3位の貿易相手国:2011年の統計で日本への輸出が全体の11.1%で米・中に次いで第3位、日本からの輸入は9.7%で中国、韓国に次いで第3位である。
    2. 直接投資:2011年の統計で日本からの直接投資はベトナムへの直接投資総額の16.0%を占め、香港・シンガポールに次ぐ第3位である。
    3. 最大のODA供与国:日本から見てベトナムは最大の援助先(2009年支出純額ベース)であり、ベトナムから見ても日本がODAの最大の支援国である。(ODAホームページ)
    4. 日本・ベトナム経済連携協定:物品・サービスの自由化及び投資の円滑化、自然人の移動、知的財産等の幅広い分野での協力について2国間で締約した協定で、2009年10月1日に発効した。物品の貿易に関しては最終的に2006年の往復貿易額の92%の関税が撤廃される予定。


  2. 国土・風土・政体・国民性
    国土はインドシナ半島の東部、南シナ海に面して南北に細長く伸びている。面積は330,911kmで日本の九州を除く面積に相当する。国土の3/4は山岳地帯でラオスとの国境にチュオンソン山脈が南北に走る。東側は南シナ海に面し、約3260kmの遠浅の海岸線がある。南部はメコンデルタでアジアの一大穀倉地帯となっている。気候は、北部は亜熱帯気候で四季らしいものがあり、最低気温は7~8℃まで下がることがある。南部は雨季に入る前の4~5月が最も暑く、湿度も80~90%になる。南部の平均最高気温は年間を通して30℃以上、平均最低気温は12月が最も低いがそれでも20℃位である。
    ベトナムは共産党による一党支配の社会主義国であるが、「政治的に安定している」とされている。安定した政権運営を継続し、貧富の格差・南北地域格差などにもうまく対応しておりGINI係数(貧富の差を表す係数で悪化すると社会が不安定になるといわれる。)は日本とほぼ同等の数値となっている。報道の自由が制限されるなど今後の展開は不透明なところはあるものの、ここ当面は政治的に安定しているといってよいであろう。
    宗教は仏教が約80%、カトリック7%、その他新興宗教等となっている。人種はキン族が85~90%を占め、中国系3%、その他53の少数民族からなる。政体は社会主義共和国(共産党の一党独裁)。行政区分は64省、5直轄都市(ハノイ、ホーチミン、ハイフォン、ダナン、カントー)、通貨単位はドン(Dong=VND)で1000ドン=約4円(2012年11月)である。
    人口は8,579万人(2010年)でASEAN10か国の中ではインドネシア、フィリピンに次ぐ規模である。また、人口に占める若年者の割合が、30歳以下60%、35歳までが65%と非常に高いことが注目される。意欲・勤勉・誇り・仲間意識などが国民性を表すキーワードである。社会は強固なムラ社会であり、外に対して自立性、内に対して強い共同体的規制をもつ。また、儒教的な男尊女卑の発想が根強いが、実権は主婦が持っているといわれる。

  3. ベトナムの歴史
    紀元前111年に漢が南越国を滅ぼし、ベトナムも漢の支配下に入る。これ以来、中国による支配が1000年続いた。(この間、何度かの反乱があり、地方国家の成立もあった。907年に中国で唐が滅亡すると広州の地方政権「南漢国」成立しベトナムも支配されたが938年に中国支配を打ち破る。)その後、ハノイを首都とした王朝が2代続いたが、元の軍を破った戦いで国家が疲弊。1414~1427年の間中国・明の支配を受けることになる。1428年に黎利(レロイ)がベトナムを開放、ベトナム統一を果たしたが、この王朝は無能な王が続き南北に分裂、約200年の分裂時代を招く。これを統一(1802年)したのが阮映(グエン・アイン)であるが、南北統一の際にフランスの志願兵と宣教師の助力を仰いだため、その後フランスの進出を許すことになる。1882年にはフランスが、抵抗運動を抑える形でメコンデルタ全域を併合、さらにハノイを占拠、実質的にフランスの植民地化が完成する。第2次世界大戦時には1940年に日本が北部ベトナムに進駐、翌年南部にも進駐した。1945年の日本の無条件降伏を受けて8月革命(民衆がハノイで蜂起、続いてフエでも蜂起。バオダイ帝が退位し、阮朝が崩壊)が起こり、9月にはベトナム民主共和国として独立した。しかし、9月~翌年2月にイギリスの支援を受けたフランスの再侵略があり、北緯15度以南をフランスが支配することになる。さらに戦線は北部に拡大(ハイフォン、ハノイ、続いて山岳地帯)し、戦闘が長期化した(第1次インドシナ戦争)。最後はディエンビエンフーの戦いでフランス軍が敗退、これを受けたジュネーブ会議で北緯17度線を軍事境界線とすることに決定(1954年)。ここでベトミンが支配する北の共産主義政府と、アメリカが後ろ盾となる南のサイゴン政府に分かれ、南北分裂が確定した。1960年に南ベトナム開放民族戦線が、アメリカとその支援を受けていた南ベトナムのジェム政権に宣戦布告(第2次インドシナ戦争)。1964年の米軍の北爆開始、1968年のテト攻勢(全土でベトナム軍と解放戦線の攻撃)と戦争は泥沼化したが、厭戦気分の高まった米国との間では1973年のパリ条約で米軍の撤兵が決定。その後も南北ベトナム軍の戦いが続いたが、1975年に南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン市)が陥落して戦いが終わった。その後も1978年のカンボジアへの侵攻(親中国のポル・ポト政権を倒し1989年に撤退)。1979年の中国との戦争(中越戦争)と戦いが続いた。この間1977年には国連加盟を果たしている。1986年のドイモイ(刷新)政策以降は既に述べたとおりであるが、ASEANには1992年に準加盟し、1994年に正式に加盟している。

  4. ベトナムの経済圏、工業団地、主な進出企業ベトナムへの進出の目的は「チャイナリスク回避」の他にも
    1. 優秀で安価な労働力による一層のコスト削減
    2. 成長する国内市場への参入
    3. 地理的な優位性から対米・対ASEANの輸出加工拠点
    4. 進出済みの中国・タイの工場の衛星工場としての位置づけ
    等が挙げられ、勤勉性・手先の器用さ・ものづくりへの抵抗感の少なさ等が誘因となっている。一方、問題点としては道路、電力等のインフラの未整備、裾野産業の未発達が指摘されている。工業団地の整備状況を見ると政府としては各省に団地を設置する方向のようであり、全国63行政区(特別市・州)の内54行政区に工業団地がある。しかし、団地数で見ると南のホーチミン周辺、北のハノイとハイフォン港の周辺に団地が集中しており、5団地以上を抱える州はこれ以外の地区では中部のダナン(5団地)のみである。また、日本企業の進出先もここに集中している。なお、ダナン周辺は工業地域化よりもリゾート地としての展開が図られているようである。
     地域 主な州  特色 工業
    団地数
    進出済みの
    主な企業
    北部 ・首都ハノイ
    ・ハイフォン市
    ・ビンフック
    ・バックニン
    ・ハイズオン
    ・フンイエン
    ・クアンニン
    ・ハナム
    ・ナムディン
    ・ニンビン
    • 北には中国、西にはラオスと国境を接する山岳地があり、紅河デルタにハノイやハイフォン市が発展している
    • 港湾整備、港湾・都市間の道路整備(ハイフォン港、カイラン港とハノイを結ぶ道路)、工業団地の整備が進み、ハノイ市の外国人向け住環境などもかなり整ってきた
    • 南部より落ち着いた雰囲気だが活気がある
    • ハロン湾は「海の桂林」と言われる景勝地
     76 ペンタックス、HOYA 、荻野工業、カヤバ工業、キャノン、昭和電線電纜、住友重機械工業、住友ベークライト、千代田インテグレ、デンソー、東京マイクロ、東京鋲兼、TOTO、パナソニック、三菱鉛筆、ヤマハ発動機、三和シャッター工業、帝国通信工業、日本電産、テルモ、パロマ、ニチアス、矢崎総業、藤倉ゴム工業、稲畑産業、日本香堂、王子製紙、豊田紡績、豊田合成、日本ペイント、ブラザー工業、文化シャッター、曙ブレーキ工業、バンドー化学
    中部 ・ダナン
    ・ゲアン
    ・ビンディン
    • 東は南シナ海に沿った長い海岸線が続く
    • 西はベトナムを縦断するチュオンソン山脈を境としてラオスに接する
    • 中部の2大都市ダナンとフエの間にハイヴァン峠があり、交通の難所であったが、2005年にトンネル(6.274kmで東南アジア最長)が開通、ダナン~フエ間の所要時間が40分短縮された
    • この地域は遺跡やリゾートなど観光資源にも恵まれている
    29 亀山ローソク、マブチモーター、ダイワ精工
    南部 ・ホーチミン市
    ・カントー市
    ・ビンズオン
    ・ドンナイ
    ・ロンアン
    ・バリアブンタウ
    ・テイニン
    • メコンデルタが広がる水田地帯で西側はカンボジアと接する
    • 最大の商業都市ホーチミン市を中心に日系・台湾系などアジア系企業とベトナム企業との合弁工業団地や国内資本の工業団地が林立するベトナム最大の経済圏
    • フランスの支配下にあったため比較的資本主義になじみやすい
     104  グンゼ産業、コパル、オルガン針、三洋半導体、ジューキ、エースコック、日本電産、矢崎総業、東洋製罐、キングジム、大日本インキ、フォスター電機、フジクラ、GSユアサ 、HOYA、コニカ、オムロン、ロート製薬、トンボ鉛筆、日本パーカライジング、ヤクルト、横浜ゴム、帝国ピストンリング、ホシデン、花王、クレハ、資生堂、東芝、東洋インキ製造、ワコール、YKK、日本ペイント、久光製薬、プラス、富士通、三洋電機、マブチモーター、原田工業、トーキン、帝人、フジクラ、スズキ、日本板硝子、住友金属工業
    工業団地の数および進出企業は日本アセアンセンターのホームページによる。

  5. 賃金その他
    ハノイ ホーチミン ダナン 上海 深セン 大連 備考
    賃金 (USドル) ワーカー 111 130 200 439 317 316 米ドル換算は2011年8月平均レートによる
    エンジニア 297 286 250 745 619 540
    課長クラス  713 704 400  1,372  1,208  1,012
    賞与(ヶ月) 1.62 1.59 1.67 2.02 1.52  1.87
    名目賃金上昇率 9.3% 8.0% 15.1%
    ベトナム3都市を中国の諸都市と比較した。ワーカーだけは3都市中でダナンが高いがエンジニアや課長クラスはハノイやホーチミンの方が高い。全体的に見て中国の半分から1/3程度である。

  6. 外資に対する優遇処置
    従来、外資に対して適用されていた優遇処置が撤廃され、新投資法(2006年7月1日施行)により、内資・外資を問わず共通の優遇処置が定められた。また、工業区に立地するという条件だけでの優遇処置も廃止され、「奨励投資分野」及び「奨励投資地域に進出する企業」に対し優遇措置が付与されるようになった。
    投資奨励分野は、
    1. 新素材、新エネルギー、ハイテク製品、バイオテクノロジー、IT技術、製造機械に関連する事業
    2. 林水産品の養殖及び加工、食塩の生産、培養、植林
    3. エコ技術の応用、科学技術の開発研究事業
    4. 労働集約型事業
    などが規定されている。
    優遇処置として法人税率が次のようになっている。一般の法人税率は内資・外資を問わず25%であるが、社会的・経済的に困難な地域への新規投資については、営業開始後10年間は20%とし、特に最初の2年は免税、続く4年間は税率半減。また、①首相決定によって優遇措置を与えられた経済特区、ハイテク地域に投資する事業、②ハイテク、先端技術、特に重要なインフラおよびソフトウエア開発に関する企業については営業開始後15年間(首相承認により最長30年間)10%とし最初の4年間は免税、続く9年間は税率半減となる。
    なお、土地は全人民の所有で国家が統一管理している。したがって、工業団地(IZ)、輸出加工区(EPZ)、ハイテクパーク(HTZ)に入る企業は各団地の開発運営会社が政府から付与されている土地使用権をサブリースされる形になる。

次回はインドを取り上げる。

【参考資料】

  • 外務省ホームページ
  • ODAホームページ
  • JETROホームページ
  • 日本アセアンセンターホームページ
  • 生産適地比較(ベトナム編)国際化コンサルティング研究会資料 谷口 糺(2005年)
  • 生産適地比較(番外編:ベトナム見聞記)国際化コンサルティング研究会資料 谷口 糺(2009年)

 


このページの先頭へ